僕は発展途上技術者

「反原発の不都合な真実」読了 - ものごとを一方からだけから見てはいけない

「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)
藤沢 数希
新潮社
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福島原発の事故から6年、これまで僕は原発、放射能の恐ろしさを伝える情報ばかりを見てきたため、一貫して原発とは恐ろしいもの、原発なんかなくなった方が良いと思ってきた。

一方で、父親の学生のころのエリート、優秀な人たちはこぞって原子力学科に進んでいったという事実、原子力が夢のエネルギーだと考えられていたのは知っていた。

国の政策としてそれまで原子力発電を推進してきたことはしかるべき理由があるのだということを。

「反原発の不都合な真実」では、

  • 原発をやめて火力発電に切り替えた場合、毎年4兆円、余分なコストがかかること
  • さらに火力発電による大気の汚染を考慮した場合、統計的に計算すると数千人規模で余計に死者が増えるということ

を論じている。

火力発電を増やした場合の大気汚染により、死者が増える根拠については筆者のブログの以下の記事に詳しい。

» 原発ゼロにすると大気汚染の増加で何人ぐらい死ぬのか?

大気汚染により死者が増えるという点にピンと来ないという人は多いと思う。僕も、この四月にトランジットでほんの少しだが北京に滞在するという経験をしていなかったら実感できなかったと思う。北京空港の窓から見る外の風景は、うっすらと黄色いモヤがかかっており、飛行機とターミナルの間ほんの一瞬だけ外に出たというのに、僕も妻もそれから北京を離れた数時間、鼻水が止まらないという強烈なアレルギーのような症状に悩まされた。汚染された大気の直接的な影響を体感し、喘息などを持っていたり、もともと体が弱かったり、幼児、老人で長期的に影響を受ければそれが原因で死に至る場合もありえると想像できた。

原子力発電の場合、いったん事故が起こってしまった場合の影響が放射線というまったく目には見えない、一般の人には良くわからない不気味なものであることから、圧倒的に危険なものと感じられてしまう。こういうとき、冷静な科学的な見方が必要だということを本書は教えてくれる。

違うものを比較する場合に「単位をそろえる」という考えかたは算数や理科でも習う科学の基本的な考え方だ。原子力と火力でどちらがより危険かを比較するとき、その恩恵である出力できる電力あたりの犠牲者数で比較している。ものを燃やして発電する火力と比べて、原子の質量が変わることでエネルギーを発生させる原子力は、高校の物理でも習う E=mc^2(このときcは光速なのでmが小さくても莫大なエネルギー)でわかるように圧倒的に効率がいいことも本書で解説されている。結果、単位エネルギーあたりで比較したとき、原子力発電は火力発電含めて、他のあらゆる発電の方法と比べても犠牲者は少ないとのことだ。

また、地球温暖化につながるとされる排出される二酸化炭素の量を比較したときにも原子力発電の方が圧倒的に少ない。

ビル・ゲイツはこの点に注目し、次世代型原子炉の研究開発をおこなっているテラパワーに出資していて興味深い。

» 「ゼロへのイノベーション」 ビル=ゲイツ、エネルギーについて語る。

ここでは触れられていない様々な問題も他にあると思うので、これらをもって、やっぱり原発を推進すべきだ!と全面的にはならないけれども、原発 = 悪と刷り込まれていた考えは改めないといけないと強く感じた。

ものごとを一方からだけから見てはいけないということに気づかせてくれる良書だと思う。

プロフィール

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